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実千代鍼灸院 Michiyo Acupuncture Clinic

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院長のブログ 実千代院長の最新ブログ

2008年5月19日(月)

Vol.14ガン宣告と一言の重み

(ガンを攻撃せよ?)
先日、患者さんの身内の方がガン末期で医者から余命宣告を受けたと涙ながらに語られていた。
聞くと、腎臓ガンから6ヵ月後両肺へ転移、更に肩にもガンが見つかった。
3回の大手術を受け、抗がん剤治療とモルヒネを続けペイン治療へ。それも薬量を間違い10倍量を投与され全身硬直状態に。更に胸水を多量に抜き、放射線治療で追い討ちをかけた途端、急激に体力が落ち、体重も10kg減、食欲無く、歩行困難になったところで余命宣告を受け自宅に戻ってこられた。すさまじいばかりの攻撃的な治療だ。
本人は息絶え絶えになり苦しみ、家族は泣きじゃくる。
このような現実が今どれ程、日々繰り返されていることか。

(忘れられない母の顔)
私はこの仕事に就いて亡き母のことを一瞬も忘れたことはない。
母のすい臓ガンを発見してくれたのは近所の町医者だった。
「お母さんにガンの告知をされますか?」との先生の言葉に、様々な苦労を重ねてきた母のこと。大丈夫と私は「はい」と答えた。
先生は「待ってください。一回限りの人生です慎重にいきましょう。今日は詳しく検査するために入院すると言う事に」と言われた。
先生の説明後ドアを開けたら、母の見たことも無いような不安そうな顔が飛び込んできた。
私は一瞬にして先生に心から感謝した。

(最低な№1)
3日後、母は入院するためガン画像をもって紹介された病院へ行った。
そこで最初に出会った先生は院では№1といわれる外科医だった。
その№1は車椅子でうな垂れている母の前で画像を見ながら「うわ~!!大きいガンですな~!」と大声で叫んだ。
思わず私は№1の足を思い切り踏みつけ耳元で「まだ母にいってません」と小声で言った。
大きなガンを切りごたえでもあるかの様な№1の言葉。
バカな発言に怒り心頭。病院でも看護士さんも困っているデリカシーの無さナンバー1らしかった。
母の主治医はその№1ではなく若いいい先生だった。余計な治療はほとんどせず、どんどん鍼治療をしてあげてくださいと私たちの意見をよく聞いてくれた。
母にガンを告知する時も多忙な主治医を捕まえては手紙などでもどれ程話し合いをしたことか。それはそれはここまでするかという程、宣告に対して西洋医学の治療に対して慎重に進めていった。

(暗闇の中の光)
ガンを宣告しないと治療が思うように出来ない、治療を覚悟してもらうためにも本人には言ったほうがいい等など、ガン宣告に医者の言い分もあるとは思う。
しかし、医者はメスがなくても人を天国にも地獄にも行かせることが出来るといっても過言ではないだろう。重症であれば尚の事。

先日も四川省の地震で瓦礫の中に閉じ込められていた女性が170時間ぶりに救出されたらしい。
彼女のフィアンセが発見し、ずっと「結婚しよう!結婚式は中国式がいい?」などなど声をかけ続けたとのことだった。

鍼の師匠、藤本蓮風先生は患者さんに対し「明かりをつけようと思うのではなく、暗闇に一点の光を与えていけるかが大事だ」といわれたことがある。
たとえ死期が近づいていたとしても、人間には計り知れない人智を超えた生命力がある。
この生命力を信じ切れるか、これが問われているのは実は術者自身だ。
一人の生命は地球より重いと尊び、生命力を信じ抜くことが出来たとき患者さんに一条の光=希望を与えていけるのではと感じる。

2008年5月8日(木)

Vol.13東医と西医

「症状はあるのに?」
先日、60代の女性で右半身の手足がしびれて右手に力が入らず、右足だけスリッパが履きにくいとの事で来院された。
ろれつは大丈夫ですか?とお聞きすると、症状と同時にしゃべりにくくなったとの事。血圧も高め、糖尿病を持病にもっておられた。
すぐ左脳の脳梗塞を心配した。医者に徹底的にMRIの検査を受けたら全く異常なしと言われ帰されたらしい。
症状はあるのに検査結果に出なかったら異常なし。ひどい時は心療内科を勧められる例は少なくない。
多くの患者さんを診ていたら必ずそこには何らかの法則が見つかるはずなのに・・・・
その法則こそ病の原因の大きなヒントとなるはず。
いずれにしても検査結果には異常が無くても様々な苦痛を訴えてこられる患者さんの何と多いことか。

「原因と結果」
様々背景を聞いてみると患者さんはお寺の奥様。常に来客で気が休まることなく、その上お供えの甘いものを日常大食されていた。
更に右足が出にくくなったため今迄していた散歩を中止されたらしい。
悪循環は悪循環を呼ぶとはこのこと。ほっておいたらいつ血管が詰まってもおかしくない。

さて、身体を診る事に。私たちの診断の中心は体表観察(前回のコラムで紹介)なのでツボを探りながら「気のひずみ」(全体のアンバランス)を見つける。またそれは診断即治療点となっていく。この患者さんの場合、渋脈というギシギシした脈、皮膚の細絡の状態(細かいみみずが這ったような血管)舌下静脈の怒脹の状態(舌の裏に出ている黒っぽい静脈)などから血液の流れの悪さが察知できた。
また、血液に関するツボに明らかに反応が出ていた。
更に、神経を長きに渡って使っているため非常に硬くなっているか、かなり緩んでしまっているツボが多く診られた。
私はいつもこれらのツボに合掌したくなる。検査には出なかったとしても必ずツボは病の予兆を教えてくれるからだ。

「細分化と全体」
鍼の師匠は常々「検査結果にのみ目を向けて薬の過剰投与をするところに更なる難病(治し難い病)が生まれる。なぜそのような症状がでたのか必ず本人の生活習慣の中に問題を解く鍵がある。そこを見つめ原因を究明せずして何かを施すのは治療ではない。患者を増やすだけだ」と喝破される。全く同感だ。
東洋医学は機械論ではなく生気論の立場で身体全体の「気のひずみ」を発見することを最重要視する。それも直接人間の手でもって。なんてソフトパワー(自然の道理)なのか。今求められている医療の原点がそこにはあると感じる。
とは言っても西洋医学が人間を細分化する事によって様々な発見をし貢献して来た事も事実だ。
人間の身体を細分化しミクロの世界まで追及を続ける西洋医学と人間を小宇宙ととらえ全体のバランスを重視する東洋医学。
どちらも大切。なくてはならないと感じる。
しかし私は、21世紀は東洋医学の考え方を主体とし西洋医学が補助的になっていってこそ真に健康な世紀になると確信している。
人間の精神と身体は気っても切れない関係にあって、かつ本当にデリケートな存在だからこそ。

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