川西市在住 女性 55歳
初診日:平成22年8月中旬
主訴:坐骨神経痛
(現病歴)
昨年(平成21年)春頃から両足の大腿部後面が痛み出し、仕事に支障が出るようになったためヘルパーの仕事を退職する。しかし、夏に転んで左膝を打撲したことをきっかけに痛みがひどくなり(右>左)坐骨の方まで痛みが広がる。
11月、激痛が起こり救急車で運ばれそのまま2週間の入院となる。
痛み止めの薬や、硬膜外ブロック注射も効果なく、眠れず睡眠薬を毎日服用するようになる。大きな病院に移され、うつ病と診断されるが、処方された薬は服用しなかった。今年5月頃、車を運転する機会が増えてから再び痛みが激しくなり右坐骨~右股関節~右膝が差し込むように痛み、足にテーピング、腰にコルセットを着用。
整形外科でボルタレン、マッサージ、牽引などを施すがよくならず、鍼灸院に来院された。
(増悪因子):動き始めて1~2時間後に激痛。雨が降る前
(緩解因子):立っている等、臀部が何かに触れてない時
(その他の問診事項)
口の渇き有り、温飲好む、口が苦い、寝汗、足が冷える、寝付きが悪い(一時間後)など。
(特記すべき体表観察)
舌診:淡紅色、薄白苔、舌先から舌辺の無苔、やや舌に力が無い。
脈診:脈力有り、脈幅有り。
穴(つぼ)診:左太衝、左臨泣(足)、左照海、巨闕兪の圧痛、左心兪、右肝兪~胃兪、右胞肓冷えなど。
空間診:百会左、臍周左
その他:手足が黄色、痛む場所は冷感。
(診断と治療方針)
証:肝鬱気滞証~膀胱経の経気不利
坐骨神経の痛みは、3年ほど1人で介護していたお父さまが亡くなられた直後に発症している。また、ご主人を亡くされる中、子育てをしながら、立ち仕事に従事されてきた。
これらのことを念頭に、体表を観察すれば、肝気の高ぶりと共に、下半身の弱りが見られる。舌診でも実(ストレス=肝)と虚(弱り=腎)の両面が観察された。
ひとりで生活の全てを切り盛りされる等、緊張の連続の中では何とか持ちこたえていた身体の不調が、ほっとした時に一気に吹き出したものと思われる。
弱りが腰に現れたのは、長年の立ち仕事に加え、更年期辺りの年齢でもあり腎や膀胱などが弱っていた事が考えられる。
痛みの場所が足太陽膀胱経上(大腿部後面)、足陽明胃経絡上(臀部)でもあり、更年期など腎の弱りと重なったことも要因となった。
治療は、腎・膀胱を直接アプローチせず、発病した弱りの中心は脾胃と考え、脾胃をまず立て、肝にアプローチし膀胱の経絡の気の流れをよくする治療とする。
1診目~4診目:脾兪穴
5診目~7診目:百会穴
8診目~10診目:天枢穴
11診目~12診目:滑肉門穴
13診目~15診目:心兪穴
16診目~18診目:天枢穴
19診目~21診目:照海穴
22診目~:太衝穴
(治療結果)
坐骨神経痛の痛みは、治療後数回でやや軽くなる。16診目からは気にならない日も出てきた。現在、冷えた日以外はほぼ痛みが緩和され、よく眠れるようになる。薬の服用は一切無し。
(考察)
ペインクリニックでの痛み止めの注射もボルタレン薬も効果が無かった痛み疾患。これらは、鍼灸の得意とするところです。なぜなら、東洋医学では、痛みの原因を「心と身体の両面」から探っていくからです。
生活でどれ程のご苦労を抱え、どのような生活習慣(仕事も含め)なのか、勿論その一端しか察することは出来ませんが、その一端を知る事がいかに大切なことかをこの症例は教えてくれています。痛みの部分のみを検査し、そこにのみ注射や湿布をしても、根本を知らなければ本当には完治することは出来ません。たとえ精神的なアドバイスは無くても、鍼灸は逆に身体のバランスの崩れを整えていけば精神も安定するのです。
また、このような運動器疾患の治療の時に注意をしなければならないことは、虚と実を見分けることは勿論のこと、病の方向性を見極めることです。
この場合、仕事などで元々腰に負担をかけていた所、腰~臀部~ふくらはぎのように、上から下に病が動きます。その場合、下に取穴(ツボを選ぶ)すれば、病を引っ張り悪化させる可能性があります。腎の虚を考えると、下にツボを取りたかったのですが、これらの事を考え痛みが落ち着いてから照海など下にツボを取りました。
このことは、北辰会代表、藤本蓮風先生の著書「鍼灸治療 上下左右前後の法則(P 173)」にも述べられています。このような疾患はあまりにも多いです。
是非、1本鍼の素晴らしさを実感して頂きたい思いでいっぱいです。